柴舟権現まつり [市場]

本能寺の変の時、家康が堺から白子に出、常滑へ行く柴を積んだ舟に隠れて、大野に着き、常滑へ着いた説もあります。そこから衣川八兵衛が旅費を出し、常楽寺まで送って行きました。その功により東照大権現をお祭りする事を許されたのです。衣川家の子孫が東京へ転居されてお祭りする事が出来なくなったので、大正11年常滑町へ譲られ市場字がお守りしてきました。毎年5月に権現まつりが行われます。衣川八兵衛(八太夫と改名)はこの土地に屋敷を持っていたようです。


常滑八景 龍ケ丘のタ照 [保示 正住院]

常滑八景の龍ヶ丘、昔は小高い山になっていて、この山より常滑の町の写真を撮ったそうです。
(ゆふもやにちまたはくれてたつが丘なみに入日のかげのかがやく)